100周年の式典に向けて、
先輩方からお借りした、懐かしい、また貴重な写真を少しづつご紹介していきます。
今回は、優勝シリーズ第二弾と称して、前の記事より三年後、
昭和63年(1988年)10月23日(日)、全日本で10回目の優勝となった直後の
祝勝会での一枚をご紹介します。ちょうど20年前(80周年)の写真です。
右は上西先輩(昭和45年卒・当時助監督)。
神田(上:現在 自営業)と高橋(左:現 秋田銀行)と、
おそらくエールの際にネクタイをとった渡辺(中央下:現 損保ジャパン)。
女性が高槻。上西先輩以外は4年、最後の全日本でした。
≪決勝戦≫
(尾方が関西学生選手権者を撃破!優勝決定後の千葉は涙で相手が見えなかったらしい?)
中央大 3 - 2 大阪体育大
三木(3年) メ - 山崎
高井田(4年) - メ 佐々木
井上(2年) メ - 熊
尾方(4年) メコ - 友弘
曾根(2年) コ - メ 濱田
神田(4年) メ - メ 浅見
千葉(4年) - メメ 赤倉
≪準決勝≫
(一部で伝説となっている 曾根・千葉の奇跡の連続二本勝ち が、この試合)
中央大 2 - 2 明治大
高井田(4年) - メコ 大竹
三木(3年) - コ 下西
重原(3年) × 上田
井上(2年) メ - コ 松元
神田(4年) × 平松
曾根(2年) メメ - 柳
千葉(4年) メド - 相良
※他に榊原(3年)が選手登録
新人戦、関東・全日本の優勝大会と、
年間三大タイトルを手中にしたのは中大初の快挙。
「メンバーも近年になく充実していたし、目標は優勝だった」 と語る
中大の津村監督も、優勝が決まると選手とともに感激の涙をこぼした。
(「剣道日本」1988年12月号、P124より引用)
…充実してたっけ……飛びぬけて強い選手はいなかったし
しかも、春の個人戦は誰も全日本に行けなかったんだよね、我々の代って。
応援に来て下さっていた先輩の眼が冷たかったよなぁ。
それも、今となっては懐かしい思い出で、同期会での笑い話。
雰囲気作りを大切にし、各々の個性を伸ばしてやることを心がけている
という津村監督の言葉通りの、個性溢るる剣道で栄冠に輝いた。
「勝たなければならない時に勝てた、これは選手とそれ以外の部員たちが
よくまとまっていたからこそ成し得た結果です」
(「剣道時代」1988年12月号、P23より引用)
この剣道時代の上記コメントの横に、故高木部長がほほ笑んでいらっしゃる
集合写真が掲載されています。
卒業後は剣道とはまったく縁のない生活をして(竹刀も20年触っていないし)、
同期会での剣道談義をどこか冷めて聞いているわたしですが、
この時の優勝はよほど嬉しかったようで、手元にはまだこの時の「剣道時代」と
「剣道日本」があります。これを書くにあたり何年かぶりに読み返しました。
それにしても関東に続き、全日本も制した中大だが、
関東時のメンバーの大河内、有馬、井上隆を三木、榊原、曾根と3名も
交代させての栄冠は見事。その代わった出場選手がまた大活躍し、
他校ではなかなかできない芸当である。
それだけ、質・量ともに豊富な好選手が揃っているといえる。
(「剣道時代」1988年12月号、P160より引用)
有馬君、井上君、三木君、榊原君、曾根君、いずれもすごく懐かしい名前です。
わたしのこと、覚えていますか?
この優勝の日から20年経ちました。
今年の11月1日に、みなさんにお会いできることを楽しみにしています。
この年の、4年生の集合写真はこちら(稲田以外は全員集合)。
昭和63年10月8日(日)、第21回法中戦の後の、中大道場にて。
なお法中戦の優秀選手は高井田、野村(4年)、重原(3年)でした。
このような写真を記念誌に掲載すべく、また同期のページを制作すべく
写真や原稿を募集しております。是非、ご連絡ください。お待ちしております。
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